色合い 色合い:標準 色合い:黒 色合い:黄 色合い:青
日本語 英語 組織から探す

文字のサイズ 文字のサイズ:小 文字のサイズ:中 文字のサイズ:大 文字のサイズ:特大

クルト・ネットー資料

           

              ▲クルト・ネットー(1847~1909)   ▲水彩画「日光陽明門」

明治6(1873)年12月、小坂村に一人のドイツ人がやってきました。その名はクルト・A・ネットー。ドイツ東部のフライベルク鉱山学校を優秀な成績で卒業した後、26歳で鉱山兼製鉱師として日本政府に招かれた「お雇い外国人」でした。お雇い外国人とは、「富国強兵・殖産興業・文明開化」を成し遂げるため、指導者として外国から招かれた人たちです。

ネットーの仕事ぶりは勤勉そのもので、彼の力によって小坂鉱山は近代化の道を歩み始め、その業績は高く評価されています。しかし、ネットーにはもう一つの大きな業績があります。それは、日本人の生活や信仰、日本の自然を深く研究し、帰国後ヨーロッパに広く紹介したことです。彼は小坂で暮らした4年ほどの間、この地方の風景や人々を精力的にスケッチしました。おそらく、村人たちとも親しく交流したにちがいありません。

明治10年(1877)に小坂を去ったネットーは、東京大学教授となり、多くの技術者を育てます。しかし、東京でも日本研究の手を休ませることはありませんでした。彼が小坂や東京で描いた作品や遺品の一部(33点)は、小坂町が所有し、「クルト・ネットー資料」として町有形文化財に指定されています。これらの資料は、小坂鉱山事務所展示室や郷土館に展示され、ネットーの業績にも触れることができます。

ページトップへ

このページに関する情報
このページに関するお問い合わせ
総合博物館「郷土館」
〒017-0201
秋田県鹿角郡小坂町小坂字中前田48-1
電話:0186-29-4726
FAX:0186-29-2207