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昭和元年~昭和50年

小坂町の郷土史(昭和元年~50年)

年代(西暦) 事                           項
昭和元年(1926)

「昭和」と改元(12/25)
係争中の農民争議に、工作課工員五六名合流。「竹槍事件」に発展する(3/20)。
花輪警察署小坂分署が小坂警察署となる(7/1)。 

昭和2年(1927)

十和田湖、東京日日新聞社主催の日本新八景に入選。
顕勝道路湖畔まで開通(8/~)。
金融大恐慌起こり、銀行の取付け騒ぎも出る。

昭和3年(1928)

小坂鉄道、小坂~茂内間の電化完成。運転開始(1/15)。
十和田湖、名勝天然記念物として文部省から指定(4/12)。
花輪・小坂間の乗合自動車開通(4/~)

昭和4年(1929)

佐々木吉蔵(小坂出身)明治神宮大会100メートルに優勝。

昭和5年(1930)

小坂鉱山でメートル制採用(4/1)。
小坂で東北民報創刊(11/~)。
この年大豊作、米価下落して農家恐慌す。

昭和6年(1931)

小坂鉱山鉱夫賃金八分切り下げで、不況の切り抜けを図る(7/29)。
北秋田・鹿角両郡の失業救済の目的で、毛馬内~発荷・発荷~休屋の県道改良工事を施行することになり、使用労働者を初めて登録制とする(7/10)。
澄宮(三笠宮)殿下、小坂鉱山へお出でになる(8/19)。
聖園マリア園開園(6/~)
小坂鉱山体育協会設立(この年頃)。
私設元山プール完成(町内初のプール施設)。
満州事変起こる(9/18)。

昭和7年(1932)

ロサンゼルスオリンピック大会に佐々木吉蔵短距離選手として出場(7/30)。
NHK秋田放送局開局、ラジオ放送始まる(2/26)。
上海事変(1/28)、五・一五事件起こる。

昭和8年(1933)

小坂警察署廃止、小坂警部派出所となる(4/14)。
救農土木事業により、小坂~砂子沢間の道路完成。
日本は、国際連盟より脱退(3/27)。

昭和9年(1934)

青森~和井内間に、省営自動車による運輸営業開始(8/5)。

昭和10年(1935)

小坂鉱山鉱業員養成所廃止、小坂鉱山男子青年学校開校(7/1)。
元山山神下に大火、罹災者490名(6/17)。
毛馬内駅(現十和田南駅)~和井内間に、省営自動車による運輸営業開始(8/1)。
大水害。小坂地区だけでも103万円余の大被害(8/23~24)。
小坂鉱山五○周年記念運動場(陸上競技場・野球場)完成(9/30)。 

昭和11年(1936)

十和田湖国立公園に指定(2/1)。
ベルリン・オリンピック大会に佐々木吉蔵短距離選手として出場(8/2)。
二・二六事件起こる。
尾去沢鉱山鉱滓ダム欠壊。死傷者1,000余名の大惨事(11/20)。

昭和12年(1937)

元山選鉱場(月産200トン)操業開始(9/~)
日華事変(ろ溝橋事件)起こる(7/7)。
日独伊防共協定成立(11/6)。

昭和13年(1938)

小坂鉱山の鉄筋コンクリート中央大煙突完成(8/17)。
県から市町村に町内会・部落会の設置方通達があり、郷土もその具体化を図る(9/6)。
十和田湖観光開発のために新築中の県営十和田ホテル竣工(10/22、翌年8月3日開業)。
小坂実科高等女学校体操場が雪のため倒壊。小坂小児童死者8名、重傷10名、軽傷25名、職員重傷1名の大惨事となる(1/26)。
国家総動員法公布(5/4)。

昭和14年(1939)

小坂鉱山露天掘作業を全廃(9/~)。
各市町村に農地委員会設置(2/16)
小坂鉱山産業国会発足(10/19)。
屋外灯を一切消し、五日間にわたり全県一円に防空演習を行う(7/24~28)。
男鹿地震(5/1)。

昭和15年(1940)

五日間にわたって「銃後奉公強化運動」が、県下各市町村で行われた(10/7~11)。
大政翼賛会発会(10/12)。
日独伊三国同盟締結(9/27)。

昭和16年(1941)

小学校の名称が、国民学校となる(4/1)。
細越に大火、部落38戸中23戸(50棟)罹災(5/15)。
第二次世界大戦に突入(12/8)。

昭和17年(1942)

県の指示により、管内の優良多子家庭の一斉調査を行う(4/9)。
味噌一人付き二七〇匁、醤油一人月三合に規制(4/23)。
小坂地区で組合形式による国保事業開始。
金属特別回収はじまる(7/11)。
食糧管理法公布(2/21)。

昭和18年(1943)

国鉄鹿角線、毛馬内町、小坂町間に国鉄自動車による運輸営業開始(1/17)。
秋北乗合自動車(株)設立(2/1-代表者に小坂の渡部正蔵、豊口忠三がいる)。
小坂鉱山、帝国鉱業開発株式会社の経営となる(12/27)
イタリア無条件降伏(9/8)。

昭和19年(1944)

小坂鉱山事務所を小坂鉱業所と改称(4/15)。
煙草一人七本ずつの配給となる(12/1)。
学徒動員令公布(8/22)。

昭和20年(1945)

小坂鉱山人員整理431名(9/~・11/~)
製錬操業中止(11/28)。
朝鮮人、中国人徴用労務者、外人俘虜計902名全員帰国(11/~)。
小坂鉱山労働組合結成(11/30)。
東日本熔銅株式会社伸銅工場完成(12/~)。
(株)藤田組を同和鉱業(株)に商号改称(12/27)。
ポツダム宣言受託、無条件降伏(8/15)。

昭和21年(1946)

小坂鉱山人員整理491名(3/~)。
従業員組合、労組に合流(1/27)、社員組合、労組に合流(9/15)、一労組となる。
選挙法改正、男女同権となる。
溶鉱炉一炉操業(5/1)、つづいて二炉操業(11/15)。
北海道採炭勤労奉仕隊(6/15~9/15)の活躍があった。
和井内神社(勝魚神社の後身)認可(11/25)。
旧円封鎖、新円発行(2/25~3/2)

昭和22年(1947)

六・三・三・四制新学制実施(4/1)・新制中学校誕生。
戦後初の町長選挙(4/5)。(小坂地区木村定治・七滝地区谷田部亮一当選)
新憲法施行(5/3)。
小坂鉱山文庫創立(4/1)。
代食用として砂糖配給。このころ、物品交換による「タケノコ生活」続く。
赤い羽根共同募金始まる。

昭和23年(1948)

小坂鉱山溶鉱炉操業を一炉に縮小(1/5)。
小坂地区に自治体警察小坂町警察署発足(開庁式3/7)。七滝地区は北鹿地区警察署(国警)の所管となる。
食料不足による「タケノコ生活」続く。米の配給量一日二合七勺。
新教育委員会制度発足。
堀内鉱山の廃山に伴い、小坂小学校堀内分校廃校式(7/~)。
国民の祝日制定(7/20)。

昭和24年(1949)

小坂地区に公民館設置(4/1~役場内)。
小坂町役場内に「県営治山事務所」開設、一部植林実施(秋植え)。
高等学校の学区制決まる。
野菜類の統制撤廃。
小坂・七滝地区とも町村営による国保経営となる。
小坂鉄道、茂内~小雪沢間電化(12/~)。
鉱山病院で火災、大半を消失(12/31)。

昭和25年(1950)

緊急失業対策事業実施(1月~3月)。
小坂町商工会設立(4/1)。
西渡ノ羽に大火。49世帯、289名罹災(4/9)。
朝鮮戦争始まり(6/25)、特需景気で好況を呈す。
戦後初の国勢調査(10/1)。(小坂地区13,109名、七滝地区3,175名)

昭和26年(1951)

七滝地区に公民館設置(4/1~役場内)。
荒川川、汁毛川の洪水で、七滝地区に二億円余の大被害を出す(7/21)。
十和田湖漁業権政府買い上げとなり、漁業組合で管理、規制するようになる。

昭和27年(1952)

黒鉱湿式製錬試験開始(1/15)。
小坂町警察署と西田小坂鉱山労務課長宅に”火焔ビン”が投げ込まれる事件起こる(4/5)。
役場付近から出火。役場延焼のほか9世帯、43名罹災(5/14)。
農地改革買収売り渡し完了(9/1~ 二三期にわたる)。
町営住宅の建設始まる。
県議湯瀬安人死去のため町長木村定治補欠選挙に立候補のため退職。町長に山田孝蔵当選(10/16)。
小坂高等学校落成式(12/25)。

昭和28年(1953)

小坂鉱山黒鉱湿式製錬本操業(4/~)。
大地に大火。12世帯・95名罹災(9/4)。
毛馬内~休屋までの道路は、103号十和田大館線となり、二級国道昇格(5/18)。
悪性カゼ大流行、学校。学級閉鎖続出。
役場新庁舎落成(10/~)。
一円以下の通貨廃止。

昭和29年(1954)

町営公益質屋開業(5/1)。
自治体警察・小坂町警察署廃止(6/30)。
この年の秋植えをもって県代造林完了(累計植裁面積917町4反余)。
鴇地区に町内初めての簡易水道設置。
台風15号による洞爺丸事件起こる。

昭和30年(1955)

小坂町・七滝村対等合併、新小坂町発足(4/1)。
新町最初の町長選挙に小笠原省吾当選(5/3)。
町営で最初の保育所(小坂保育所)開所(7/1)。
全町あげての合併祝賀会(8/13~15)。 

昭和31年(1956)

山根地区分町、十和田町へ編入(3/20)。
十和田小学校・中学校独立校となる(4/1)。
町営隔離病舎業務開始(4/1)。
大川岱に点灯(11/~)。
八幡平を国立公園に編入「十和田八幡平国立公園」となる(7/10)。
小坂町史話会発足。

昭和32年(1957)

荒川に大火。27世帯、159名罹災(5/3)。
小坂中学校新築落成(一期工事 10/9)。
十和田湖畔分町不成立、分町問題に終止符(10/21)。

昭和33年(1958)

町の独自対策「敬老年金制度」発足(4/1)。
草地造成事業始まる(この後、毎年)。
十和田小・中学校校舎完成(7/22)。
新生活運動による結婚式第一号出る。
七滝中学校を小坂中学校に統合(4/1)。
銀山町に大火。23世帯、101名罹災(11/21)。
映画「人間の条件」の小坂鉱山でのロケ。エキストラとして約300人協力。仲代・新珠・山村・有馬ら来坂(8/24~10末)。
十和田湖で「われ幻の魚を見たり」のロケ。大河内伝次郎・小夜福子主演(秋から翌年冬まで1年間)。

昭和34年(1959)

小坂にラジオ実験局出来、ラジオ受信良好となる(2/26)。
内の岱大鉱床発見(6/~)
小坂地区農家にスピーカーテレホン方式による有線電話設置。
短角牛みやひめ号(沢口喜代志所有)初の東北チャンピオンとなる。
十和田湖畔にユースホステル開業(12/12)。
NHK秋田テレビ開局(12/25)。

昭和35年(1960)

都市計画指定町となる。
三菱金属古遠部鉱山に新鉱床発見。
秋田放送もテレビ放送開始(4/1)。

昭和36年(1961)

小坂町商工会、特殊法人として再発足(7/12)。
町役場を一部改善(8/1)。
秋田国体の国体旗リレー(10/1 町内六区間)。
国体へお出での両陛下を秋の十和田湖へお迎えする(10/12)。
秋田民衆駅完成。

昭和37年(1962)

上向鉱床発見(6/~)。
小坂~碇ヶ関間にバス開通(7/~ 一日六往復)。
小坂鉄道のゲージ国鉄並みとなり、ディーゼルカー走る(10/1)。
熔銅会社静岡県に転出(11/~)。

昭和38年(1963)

鉱業政策確立町民大会開催(2/27)。
川上保育所開所(4/1)。
投票区を10箇所から20箇所に増設。
町内初の児童館(北あけぼの)完成。
あけぼの、朝日が丘住宅団地へバス運行始まる。
鹿角郡内農協合併「鹿角郡農業協同組合」できる。

昭和39年(1964)

七滝保育所開所(4/1)。
消防常備部発足(4/1)。
町営公衆浴場開業(5/22)。
野口農業近代化パイロット集落設置事業。
鹿角衛生処理組合による「し尿処理事業」開始(12/7)。
川上公民館新築完成。
水晶山にテレビ中継塔が建ち、鮮明受像(3/~)。
東京オリンピックが開かれ、東海道新幹線が走る。 

昭和40年(1965)

小坂公民館新築落成式(5/29~ この年七滝公民館も完成、専用公民館三館布置の体制できる)。
向陽郵便局設置(6/1~ 元山郵便局を承継)。
時計台前に、町内初めての交通信号機設置。
秋田県「家庭の日」設定。

昭和41年(1966)

下小坂地内に標準ラジオ放送局出来、ラジオ受信完全となる(2/~)。
小坂幼稚園開園(4/1)。
尾去沢鉱山の精錬所廃止・閉炉式(3/~)。
前年度から引き続いていた大谷土地改良事業(ほ場)完工。
NHKで、県内カラーテレビ放送開始。
湿式製錬廃止。亜鉛精錬に切り替え(8/~)。
元山小学校を小坂小学校に統合(4/1)。
川上に集中豪雨。約一億一千万円の損害となる(8/12~13)。
電話の即時通話実現。
大地出身の「訳万葉」の著者村木清一郎死去(10/23)。

昭和42年(1967)

小坂町母子健康センター開業(4/1)。
町営国民宿舎カルデラ開業(5/15)。
公益質屋貸し付け停止(3/31)、廃業(7/31)。

昭和43年(1968)

「ベニヤマザクラ」を町の木に指定。その記念樹をカルデラ周辺に行う(5/10)。
町民会館落成式(5/27)。
町議選挙に初めて選挙公報発行。
町営上水道による給水開始(10/1)
県道鉛山線を小畑知事一行現地踏査(10/13)。
十和田湖畔線、滝ノ沢峠まで開通。湖畔一周が可能となる。
「上川原五石会」反当640kgの収穫をあげ、県の集団報賞受賞。
鹿倉ダムの堤上が拡幅され、車の通れる橋に生まれ変わる。

昭和44年(1969)

未利用地開発の基本方針公表。経済課に未利用地開発係設置(4/1)。
秋北・弘南の両バス乗入れで、碇ヶ関駅までの定期バス運行再開(5/10)。
「小坂町開発公社」設立(5/8)。
成人式、初めて夏(お盆)に行う(8/12)。
上向分校を小坂小学校に統合(8/20)。
十和田湖大川岱に民宿が建ち、営業。
前年度から引き続いていた川下土地改良事業(ほ場)完工。
鹿角衛生処理組合による「ごみ処理事業」開始(10/1)。
栗山新兵衛顕彰碑十和田湖神田川左岸に建つ(10/31)。

昭和45年(1970)

四期半ばにして町長小笠原省吾退職(4/1)。
初めて記号式投票を採用した町長選挙は、町を二分した戦いとなり、木村實当選(4/24)。
鳥越までの定期バス走る(4/2)。
古苦竹町営住宅は、災害危険地域指定のため用途廃止(3/31)。
中央児童館開館、保育に合わせ「カギっ子」対策、団体利用に当てる(6/8)。
元山小学校記念碑除幕式(7/5)。
上向分校、小坂小学校へ統合のため廃校式(8/20)。
栗山小八郎「十和田湖開発碑誌」を著す(8/31)。
七滝中学校記念碑除幕式(9/20)。
尾樽部出身の日本画壇の先達福田豊四郎(本名 豊城)死去(9/27)。
第1回「町づくり集会」開催(10/25)。
小坂公民館に付属して「青少年の家」できる。
農村集団自動電話完成(10/~)。
米の生産調整始まる(数量で179%の達成率)。
鹿角衛生処理組合による「と畜場事業」開始(1/19)。

昭和46年(1971)

「町長面会日」制度発足(2/26~ 以後毎月第四金曜日)
市場が二つに分裂(4/1~ 尾樽部市と栗平市)。
鹿角衛生処理組合による「火葬場事業」開始(8/1)。町で設置していた「寺ノ沢の火葬場」は廃止。
十和田湖出張所が生出に移転、執務(8/1)。
小坂町公害対策協議会発足(8/1)。
尾樽部に火災。5世帯、22名罹災(5/27)。
小坂町役場で「生尾伊達・十和田湖線工事促進期成同盟会総会」開催(9/22)。
秋田湾地区に飯島精錬所ができることにより、小坂鉱山の亜鉛精錬、部門転出(11/~)。
上向分校記念碑除幕式(11/20)。
細越地区にカドミ抑制事業を実施。
煙見山に、テレビ難視聴地区解消のための中継塔(UHF)建つ(12/10本放送)。

昭和47年(1972)

細越の前年産米から1.27PPMのカドミ汚染米検出。秋田市中通病院の検査(1/22~23)。4名は、東北大学付属病院で精密検査。東北大学の斉藤医師は10月にも細越地区民を検診。
小坂町が一郡一町の町となり、郡内他の四市町村による鹿角市が発足(4/1)。
誘致企業中通信旧上向分校校舎で操業(9/1)。
町史編さん懇談会発足(9/12)。
小坂鉱山文庫休庫。
小坂鉱業所病院存続町民運動推進協議会発足(11/1)。
小坂から十和田湖までの道路を知事一行調査(11/12)。
東北縦貫自動車道の町内通過路線を日本道路公団から発表(11/27)。路線変更の運動起きる。
福祉年金支給停止者救済のため、町独自の「福祉年金制度」発足(4/1)。

昭和48年(1973)

秋田県の重金属汚染環境調査始まる(1/11~12)。
中通信岩沢工場完成(3/15)。
全国植樹祭で、七滝小学校は学校植林小学校の部で準特選第一席を受賞(4/8)。
自衛隊員募集に、小坂町の公用封筒を無断使用した事件起こる(7/20)。
部落連協主催の第1回小坂川クリーンアップ作戦(8/26)。
細越地区の前年産米から日本一のカドミ米(4.81PPM)が検出され、汚染の深刻さが改めて問題となる。
石油ショック。寒い冬を経験。

昭和49年(1974)

町史編さん室設置(1/4)。
町史編さん委員会発足(1/10)。
誘致企業小坂製靴試験操業(1/11)。
記録的な豪雪(1/23~24の両日に降った新雪95センチは、昭和年代で最高)対策のため、豪雪対策本部と生活物資対策本部を設置(1/23)。

昭和50年(1975)

同和エンジニアリング発足(4/1)。
町立図書館発足(4/1)。
聖心愛子会の保育事業を継承した「社会福祉法人こばと会小坂マリア園」発足(4/1)。
古館(川通り)に移転した市場が、さらに康楽館通りに移転(5/15)。
小坂町初の鉄筋校舎、川上小学校落成式(7/9)。
老人憩の家「アカシヤ荘」新築落成式(8/5)。
バライト工業小坂工場操業(10/~)。
<新町20周年記念行事>
 第28回全県郡市対抗陸上競技大会(6/15)。
 日本産業人バレーボール全国大会秋田県予選会(7/13)。
 第26回県民体育大会一般軟式野球大会(8/15~17)。
 前進座「さぶ」公演会(8/15)。
 記念式典(10/19)。


 

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