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中小路の館

 
小坂町の中小坂地区にある「中小路の館」は、もともと小坂村の地主であった工藤氏の住宅として明治18年(1885)に建てられたものです。建物の規模は非常に大きく、 また部屋数も多く、1階と2階を合わせて約124坪もあります。小坂にあった武家住宅の面影を伝える地主屋敷として、たいへん貴重な建造物です。
内部には、こった装飾なども見られ、農家建築とは違った雰囲気を持っています。また、昭和初期に玄関に突出部を増築するなど一部改造されていますが、見応えは充分です。
「中小路の館」は見学のほか、お茶会、会議、会合にもご利用できます。皆様のご利用をお待ちしています。

施設利用のご案内

《休館日》 毎週月曜日と祝日の翌日、冬期間(12月1日から翌年3月31日まで)
《開館時間》 午前9時~午後5時
入館時刻は午後4時30分まで(延長希望の場合はご相談ください)
《利用料金》 観覧料=無料
特別閲覧料=特別展などの料金は別に定めることがあります
《使用料》
区分 室料 暖房設備 調理設備
和  室 1時間につき
170円
1式
1時間につき
230円
1式
1時間につき
230円
囲炉裏の間
全  館 920円
その他 80円
※観覧および部屋の使用申込は原則として10日前までに郷土館までお申し込みください。

旧工藤家「中小路の館」の歴史

旧 工藤家は、小坂町の地主であった工藤作兵衛の私邸として、明治18年(1885)に建てられたものです。前年に火災で焼失した屋敷を再建したものといわれています。建物のある小坂字中小坂は、かつて小坂村の中心地でした。
江戸時代の鹿角郡は南部盛岡藩に属し、津軽・秋田両藩との藩境に位置していました。そのため藩では、御境奉行の下に境目管理にあたる御境古人という役職をおきました・宝暦~安永期(1751~1780)には、当時の工藤家当主弥右衛門がこの職をつとめていたといわれ、御給人とよばれる武士の家柄でした。御給人とは、藩主から士分に取り立てられた地方在住の武士のことです。
工藤氏は明治期に地主として成長し、作兵衛の長男茂太郎は大正7年(1918)から昭和12年(1937)の間に3代・4代・7代の小坂町長をつとめています。小坂鉱山の煙害問題や労働争議の盛んな時代でした。
この屋敷は、平成10年(1998)に小坂町に寄贈され、末永い保存とともに、まちづくり拠点として活用することになりました。
「中小路の館」という名称は、工藤家の屋号「中小路」にちなんで名付けられました。

建築の特徴

旧 工藤家は、明治18年の再建にあたり焼失前の屋敷を模倣したと伝えられていて、大玄関の高い式台などに武家住宅の面影を残しています。住宅部分は突起部のない「直屋造り」で、屋根には「箱棟」を乗せ、茅で葺いていました。間取りは鹿角地方の農家の形式が取り入れられ、大きな囲炉裏のある広い板ノ間と、土間に面した使用人部屋(現物置)に地主屋敷の特徴が見られます。
昭和初期に玄関(大)と玄関(小)の突出部分を増築。また、縁側にガラス戸をいれるなどの改造が行われました。その後若干の間取りの変更と台所(小)の増築などが行われましたが、比較的改造は少なく、小坂町では数少ない明治期の住宅建築としてたいへん貴重なものです。 


▲かつてたくさんの人が出入りした板ノ間か
ら土間を望む 


▲風格のある大玄関 


▲古い形を残す台所(大) 


旧工藤家「中小路の館」施設概要

1階床面積 349.33m2(105.67坪)
2階床面積 60.12m2( 18.18坪)
延べ床面積 409.45m2(123.85坪)
最高の高さ 土台下端より約12.0m
所在地 秋田県鹿角郡小坂町小坂字中小坂62-1
年代 明治18年(1885)建築
構造 住宅 木造2階建
    土蔵 木造2階建
寄贈者 工藤ケイ(平成10年12月寄贈)
所有者 小坂町
管理者 小坂町教育委員会

 

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総合博物館「郷土館」
〒017-0201
秋田県鹿角郡小坂町小坂字中前田48-1
電話:0186-29-4726
FAX:0186-29-2207